「住まい」と「建築」@田邊恵一

私は約42年、多くの建築や環境に関わる設計/デザインに携わり、前半の20年は主に「公共施設」のプロジェクトを手掛け、本格的に「住まい」の設計を手掛け始めたのは、事務所を立ち上げてからの後半の22年になります。
 「公共施設」の設計では技術者として「建築」を設計するのではなく、始めに「基本構想」と言われる段階から手掛け、「何の為の施設を作るのか」「どのような人々の為の施設とするのか」「どのような機能を持たせるのか」そして「どのような規模/費用となるのか」「どのようなデザインが適切か」など、ほとんどソフト的な仕事を先行し、そこで自ら構築した「基本構想」を基に建築としてのコンセプトを具現化する為に、デザイン/設計/監理を1プロジェクトあたり数年かけて形にしていました。
 建築ではこの「基本構想」作りが大変重要で、その「構想」がきちんとしとしてないと決して良い施設にはなりません。
最近巷をにぎわせている新国立競技場も、私は始めの「構想(コンペの設計条件に当たります)」に問題があり、あのような結果になったのだと考えております。それほど建築つくりには「構想」が重要なのです。
 では「住まいつくり」はどうでしょうか。
住宅産業の手で生まれる「住まい」がまだまだ多い中、根本が何か軽んじられているようでなりません。
与えられた敷地の中にその家族が暮らせるだけの個室とLDKが効率よく?パズルのように組み合わされれば良いと考えられているようで、唯一そこに広さと採光と風とうし(最近は耐震・・?)また、「個性」などというキーワードがあれば良い住まいと評価されているようですが、本当にそうなのでしょうか。
 昔、「住宅は公共施設を手掛けている建築家には出来ない」、と言われていたことがあります。
なぜそのように言われたのか良くわかりませんが、推測するにそれは「住宅つくりに構想やコンセプトなど持ち込んだら、小効率的に3LDKなどが出来ないからだと思われていいたのかもしれません。
大変残念なことです。
 私に限らず、建築家にとって「住まい」は立派な建築です。
「どのような家族の為の住まいなのか」「敷地の持つポテンシャルをどのように活かすことが家族にとって良いのか」「デザインが一人歩きしていないか」「新しい住まいは街並に対してどのような影響があるか」「近隣と関係はどうか」「コストと規模はバランスが取れるか」。そして「その家族にふさわしい場はどのような空間か」などを先にイメージし、この「構想」を基本に住まいを造ることが、良い住まいにつくりに繋がります。
これは良い建築の作り方と同じなのです。
是非「住まい」も立派な建築として考えてください。
そして、ほんとうにクライアントの為の「住宅」という建築つくりを、建築家と共に経験してください。
そうすれば、決して飽きることがない、クライアントの為の世界で1つの「住宅」ができあがります。