傾斜地の住宅のメリット・デメリット @石井正博+近藤民子

今週の “リレーブログ” を担当します、設計事務所アーキプレイス石井正博+近藤民子です。

私たちは男女ペアの視点を活かして、暮らし易さと(光と風、家事動線、収納など)とデザインのバランスのとれた豊かな住まいをめざし、「敷地とライフスタイルを活かした家づくり」をテーマとして設計活動をしています。

今回の“リレーブログ”では「傾斜地の住宅のメリット・デメリット」と題して、傾斜地(段差地・高低差のある敷地)を購入しようとするときに気をつけなければいけないポイント、傾斜地に住宅を建てる場合の注意点、傾斜地の特徴を生かして工事費を抑える工夫などについて、事例を交えながら3日に分けて書いていきます。最終日には「崖地」についても触れ、その注意点についてまとめてみようと思います。

■傾斜地のメリット

傾斜地には注意すべき点が多いので、安易に購入することはオススメしないのですが、傾斜地には次のようなメリットがあります。

<眺望が良い>
一般的に傾斜地からは山や海が見えたり、遠くまで見通せたり、道路が低い場合には人や車からの視線も気にならなくなります。その眺望の良さを生かせれば、平坦地では決して得られない魅力的な住まいを作れる可能性があります。

<採光や通風も良い>
北側に傾斜した土地か、南側に傾斜した土地かで状況は変わりますが、周辺との高低差がある場合は、採光や通風の条件は平坦地と比べて良くなります。

<変化のあるプラン・空間を生みやすい>
敷地の傾斜をプランニングに生かすことで、スキップフロアや天井の高さに変化のある、動的でダイナミックな住まいが生まれます。(段差のないバリアフリー住宅にすることは非常に難しいです)

<平坦地よりも価格が安い>
傾斜地には下にあげるデメリットもあることから、周辺の土地の相場に比べて、割安で売られていることが多いです。うまく設計してデメリットを克服することができれば、住みやすい家を割安価格で建てることが可能になります。

■傾斜地のデメリット

1)インフラ(給排水・電気・ガス・ネットなど)が揃っていない可能性がある。
→足りないインフラの引込みを自分の費用で行う必要がでくる。

2)土地の安全性の確認が難しい場合、確認に時間と手間がかかる場合がある。
→事前の抜けのない調査が大切。

3)工事費は平坦地に比べて高くなる。
→基礎工事は高くなり、擁壁工事も必要な場合が多い。

4)メンテナンスが大変なこともある。(足場がかけにくいなど)
→メンテナンスを考えた材料選定や計画が大切。

5)道路付けが悪いと建設資材の搬入や工事機械の乗り入れに影響し、大きなコスト差につながる。
→コストアップをなるべく抑える工夫をする。

6)山林の場合は伐採・伐根費用がかかる。
→伐採量を抑える工夫。

7)傾斜した土地が道路より高くなっている場合、道路斜線は道路と同じ高さにある土地より厳しくなる。
→計画と関連法規の早めのすり合わせ必要。

8)擁壁の築造年代が古く劣化している場合がある。
→傾きや孕みがないか、水抜きはあるかなど詳しく調べて対策する。大きな高低差があり、安全性を確認できない擁壁があると、建物配置に影響が及ぶだけでなく、建物を建てられないという最悪の事態にもなりかねない。
擁壁が新しい場合であっても、擁壁のフーチング(底版)が敷地の下に入り込んでいる場合は、その上部に建物を建てることは難しいです。フーチングを避けた位置で、かつ、安息角を考慮して基礎の位置と深さを決める必要があるため、配置やプランニングの大きな制約になります。

傾斜地 Cace.1 緑と眺望を楽しむ長屋建て住宅

南北方向に1.5m(半層分)の段差のある敷地に建てた、半地下鉄筋コンクリート+地上木造3階建て(SE構法)の賃貸併用の二世帯住宅。半層分の敷地段差を生かして、南側を半地下のある4階建て、北側は3階建ての建物として、敷地段差部分の地下の壁を土留め壁と兼用して費用を抑えている。

遮るもののない南側の眺望は最大限生かせるように、吹抜けのリビングには大開口を設け、大きなデッキテラスと一体的に使えるようにしています。
>>緑と眺望を楽しむ長屋建て住宅
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■擁壁工事・造成工事について

傾斜地に住宅を建てる場合、擁壁を作って盛り土し、土地を平坦に均した上で、家を建てる場合が一般的です。
傾斜地を造成すると、盛り土した部分は地耐力が低く、地山の切り土部分との地耐力の差が大きくなるので、地盤改良が必要になります。
この場合、地盤改良の費用を別にすれば、建築工事は平坦地と変わらなくなりますが、造成工事費はとても高くついています。土地が安く買えた以上に造成費用がかかってしまう場合もあり、トータルで考えると決してお得とは言えなくなっています。

また、建てる建物のプランや形が決まっていないのに、擁壁や造成工事だけを急いでしてしまうことも賢明な方法とは言えません。

私たち建築家が傾斜地に住宅を計画する場合、できるだけ傾斜地の地形を生かしたプランや断面構成とすることで、傾斜地ならではの住まいを作れないかと考えます。また、造成工事や擁壁工事の量を抑えることで費用の無駄をなくし、その分を建築工事費に回すことを考えます。

■傾斜地を購入する前に

傾斜地を購入する前には、建築家に土地の調査や概略でもいいのでプランの作成を依頼することをオススメします。

建築家に土地の調査やプランの作成を依頼することには、次のようなメリットがあります。

1)その土地の法的な制限について教えてもらえる

2)どのような建物が建つか、事前にある程度知ることができる

3)建物とそれ以外にかかる費用の概略を把握できる

 

 

傾斜地 Cace.2 『TNMハウス

東西方向に3m(1層分)の段差のある敷地に建てた、地下鉄筋コンクリート+地上木造2階建て(SE構法)の注文住宅。
3方向に必要となる土留め壁を地下躯体(壁)と兼ね、地下扱いの道路レベルにガレージと玄関を設けています。

地下の玄関から上階のスキップフロアへと繋がる階段は、リビングイン階段として空間に広がりを与えていますが、玄関はLDKとは異なる階にあるため、生活空間の落ち着きは保たれています。
>>TNMハウス
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傾斜地 Cace.3 『太陽の光を感じる家

高さ2.3mの擁壁のあった敷地に建てた、地下鉄筋コンクリート+地上木造2階建て(SE構法)の注文住宅。雛壇状の造成地の擁壁の一部と外階段を壊して、地下レベルから直接入れる位置に玄関を設け、アプローチの仕方を根本的に変えた計画。

アプローチレベルの半屋外のポーチ(地下扱い)から玄関に入れば、雨に濡れずに地上の生活空間まで内階段で行くことができます。緑も植わる半屋外のポーチを地下に作ったことで、採光や通風の機能面だけでなく、地下空間の気持ち良さが高まった事例です。
>>太陽の光を感じる家
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傾斜地 Cace.4 『大きなテラスの小さな賃貸住宅』

敷地全体に0.8mのゆるやかな傾斜のある土地に建てた木造2階建の賃貸住宅。

敷地の高い側に入り口、低い側にメインの部屋とテラスを設け、住戸内の床レベルを変えて天井の高さにメリハリをつけた計画。鉄筋コンクリートの基礎は、敷地の高い方に合わせた高基礎になっています。

>>大きなテラスの小さな賃貸住宅
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傾斜地 Cace.5 『ドッグランのあるペンション』(近藤が独立前の事務所で担当した事例)

敷地全体で3.5mの傾斜のある土地に建てた、木造平屋建てのペットと泊まれるドッグランのあるペンション。
敷地傾斜に添わせた床レベルを設定し、各客室に面した中庭から直接外に出やすくし、廊下も土地傾斜に応じたスロープ状となっている。

敷地傾斜に添わせて床レベルを設定したことにより、建物用途の魅力を高めるとともに、土地の造成の最小化や基礎工事の削減につなげ、建築工事費を抑えている。

■傾斜地のまとめ

<眺望が良い>

<採光や通風も良い>

<変化のあるプラン・空間を生みやすい>

<平坦地よりも価格が安い>

というメリットがある。反面、

1)インフラが揃っていない可能性がある

2)土地の安全性の確認に時間と手間がかかる場合がある

3)工事費は平坦地に比べて高くなる

4)メンテナンスが大変なこともある

5)道路付けが悪いとコストアップにつながりやすい

6)山林の場合は伐採・伐根費用がかかる

7)傾斜した土地が道路より高い場合、道路斜線は厳しくなる

8)擁壁の築造年代が古く劣化している場合がある

というデメリットもあります。

 

■傾斜地や敷地に関して知っておくべき法規制など

<がけ条例/崖条例>

がけ条例よって建物を建てる場所が制限される可能性があります。
東京都の場合は、東京都建築安全条例 第6条がけについての規定がそれにあたります。【下図:大田区資料参照】

高さが2mを超えるがけや既存の擁壁に近接する土地で、その下端からその高さの2倍以内の範囲に建物を建築する場合には、擁壁の新設、既設擁壁の改修を必要とする。

・擁壁がある場合は、その安全性を証明しなければならない。(工作物確認申請書の有無・検査済証の有無・劣化状況の確認

・証明できないときは、高さの2倍の距離を離して建物を建てる、防護壁を建てるなどの措置が必要。

などです。

一つのポイントは高さが2mを超えるか否かですが、注意しなければいけないことは、たとえ擁壁が自分の敷地に無い(自分の所有では無い)場合でも、安全性の証明を求められるということです。擁壁を新設したり造りかえるには、百万単位の費用がかかります。擁壁やがけ改修工事費の助成をしている自治体もありますが、隣地にある場合は、必要な資料が揃わなかったり、造りかえたくてもできない可能性もあることは、頭に入れておかなければいけない重要ポイントです。

また、高さが2mを超えていない場合では、工作物の申請が必要でないため、逆にちゃんとした根拠に元づかず経験的に作られた擁壁が多いため、いざ安全性を証明しようにも資料がないという状況に陥ります。
結局、「擁壁に荷重ががかからないように建てるしか方法がない」という、悲しい状況になることが多く、この点は不動産業界、建築業界、国、自治体などで統一基準を作るなど改善してほしいと願っています。

>>東京都のがけ条例(安全条例第6条)https://www.city.shinjuku.lg.jp/content/000205179.pdf
>>神奈川県のがけ条例 http://www.pref.kanagawa.jp/uploaded/attachment/898802.pdf
>>埼玉県のがけ条例 https://www.herbal-home.net/pdf/saitama.pdf
>>千葉県のがけ条例 https://www.pref.chiba.lg.jp/kenchiku/zyourei-kaisetu/documents/zyourei32-5.pdf

他に確認したいサイトとして
>>国交省が運営する「ハザードマップポータルサイト」
>>市区町村が作成する詳細な「わが町ハザードマップ」
があります。

<安息角>
安息角とは、土が崩れないで安定を保つことのできる斜面の角度(安定角度)のことです。【下図参照】
安息角は土質によって変わりますが、一般的には30度程度とされています。

土地の安全性を証明したり、基礎の深さを決めたりするときに根拠となる大切な数値になるため、各自治体の規定を知ることが必要になります。

 

<急傾斜地崩壊危険区域>

その土地が急傾斜地崩壊危険区域に入っていないかどうかの確認が必要です。

急傾斜地崩壊危険区域では、建物の建設、土地の掘削・盛り土、立竹木の伐採などが制限され、建物を建てることができない場合があるので、各自治体に問い合わせる必要があります。

 

今回のリレーブログでは3回に分けて、傾斜地の住宅のメリット・デメリット、崖地や擁壁などの規制について書いてきました。
傾斜地や崖や擁壁のある土地を購入する場合、そこに建物を新築したり建て替える場合は、専門的な知識が必要になり、検討には想像以上の時間と手間がかかります。建築家31会には、傾斜地や崖地での建築の知識や経験をもった建築家がいて、親身になって相談にのってくれます。傾斜地や崖地での建築計画や土地購入を検討されている方は、必ず事前にご相談していただければと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

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著者情報

石井 正博 + 近藤 民子石井 正博 + 近藤 民子

石井 正博 + 近藤 民子 いしいまさひろ こんどうたみこ

設計事務所アーキプレイス

「敷地とライフスタイルを活かした家づくり」をテーマに、暮らしやすさ(温熱環境・家事動線・収納計画など)、デザイン、コストのバランスのとれた質の高い家づくりを建て主の方と一緒にめざします。

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